ウエブをだらだら見ているのはゲームをするぐらい無駄な時間だと気づいている。ブログやツイッターへの記述も然り。書いてコメントがあると大変うれしいのだが、書いたり、ちょくちょく気になって見たりの時間はあきらかに無駄だろう。また、ほんらい実際に外で新たな人々と知り合う方がもっと楽しいのかもしれない。
自分はものを考えるとき、頭の中には何もなくて、しいていえば手を動かす命令だけをしていて、考えたことが図やらスケッチやら文章で可視化されている状態が考える行為となっている。頭と手と絵(文)と目がひとかたまりで、動作している行為と成果品が「考えること」ということだ。ということで、文章になってはじめてものを考えた状態といえる。のでブログを書いている。ということか?言い訳臭いな。やっぱり無駄なのかなー。
2 件のコメント:
私のような、読むだけの野郎はあかん、ですが、ブログにしろ、ツイッターにしろ、はたまた2チャンネルにしろ、自分の思いをタイプしてネットに流すのは、日記とはまた別の意味があると思いますよ。
あと、自分が死んだあとにも残すための形態がITとかで変わってきていると思います。昔のように、石版や紙で残すか、電子(光学デスクなど)残すか。
え、てめえに残すものあるかって?うーん...
TeTさん
こうやってコツコツ書いている内容が、後世まで残るといいですよね。だいじょうぶかなあと心配です。このグーグルのブログにかいた記事は、ずっとグーグルが持っていてくれるのか?
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